仏教の話

こういうことは難しいし煙たがられる、え?何が?って、信仰って何だろうっていう話


 

いきなり難しいこというけど

 

「信仰」って何だろう

字の通り信じ仰ぐ?

 

ある先生がこうおっしゃった

「仰せを信じること」

だれの仰せを信じるのだろう?

 

私で言えば

お釈迦様

善導大師

法然上人

 

 

決してテレビに出てくるような方ではない

10年ぐらい前

細木数子さんや江原さんがテレビに出ていたころ

 

今思えば

それはそれは

世間がそっちのほうに走っていたと思う

 

細木数子さんが

仏壇の中に遺影を入れてはいけないとか

江原さんは

あなたの前世はこれだとか

 

結局「テレビ番組」なので

全面的に協力し

盛り上がればいいという主義

視聴率が高かったらいいという話

 

言いたい放題言って

何も残らなかったのではないだろうか

 

いや残ったといえば

世間が本当のところはどうなのかと疑問と不安が残ったように思う

随分お寺も難儀したところがあったように気がした

 

私はそんなことは横目で

本ばかりを読む生活をしていた

 

 

キリスト教作家であった遠藤周作が

自分にとってキリスト教はサイズが合わない服を着ているようなもので

これに合わせていく作業が私の信仰であり物語をかく動機だろう

と言い

 

また

90%の疑いの心と10%の信じる心が信仰

と言っていたのを本で知った

 

この文章を本で見つけた時

私は23歳で社会人としてお坊さんとしての一年生の時で

 

何というか

背中に乗っかっていた重たいものがなくなったというか

とても安心したというかホッとしたというか

とにかく嬉しかった

 

なんだ

疑っていいんだ

 

また

方丈記の中で吉田兼好が

「疑いながらも念仏すれば往生すると言った法然上人はすごいね」

という現代なら“炎上”しかねない発言を見た時

やっぱり、こうじゃないと救われない人が救われないと思った

 

けど

これだという確信がどこかにある

それを模索していくこと

そのこと自体が目的のような

それが仏道なのだろう

 

疑いとは模索、思考、努力なのかもしれない

そうでなければ、ただの無関心

 

10%でいい

 

いや

エジソンは

1%の閃きと99%の努力をした

 

1%の信仰で99%の疑いながらの努力が

私の念仏信仰かもしれない



~~~~【お知らせ】~~~~
11月17日(土)朝7:00~ 写経体験とミニ法話

10月15日(月)14:00~15:30 ちょこぼうるのおんがく会~お寺でクリスタルボウル~

10月27日(土)14:00~17:00 お寺de遊ぼう(ボードゲーム&子ども人狼会@円相寺)



↓↓↓円相寺副住職のイベント情報LINE
副住職は仲間になりそうにこちらを見ている


副住職が仲間になりたそうにこちらを見ている!


【お問い合わせ】
円相寺副住職 裏辻正之(えんそうじ ふくじゅうしょく うらつじ まさし)
アイコンをクリックすると各SNSをご覧になれます↓↓↓
        

〒811-0213 福岡市東区和白丘1-10-48