日記

若い僧侶にとって説教という経験は貴重な経験であり、苦行であり、悩ましいもの


お説教は結局のところ話術がモノを言うのか

理屈が通ったことを言っても
それを聞いてもらえるかどうかは
相手次第みたいなところもあるが
「若造が何を言っているのか」
という目でこちらをにらんでいるのがわかる

私のような経験値が少ないレベル低い僧侶は
話の“引き出し”も少ないので
用意した話しかできないのである

これがベテランになると
何度も同じ話をして仕上がっているので

聴いてくれないなあと感じたら
スッと「それ用」の話を出す
寝ている人がいたら「それ用」の話を
ケータイの着信音が鳴り響いたりしたら
「それ用」の話を間髪入れずにもってくる

聴衆とのコミュニケーションをとれるというのは
やはり経験なのだろうが
若い僧侶は、何をしても難しいので
ものすごいハンディを背負った感がある

これが修行だと思う
これにめげずに耐えて、努力し
かつ、質を落とさずにちゃんと明日への希望を持っていただく話に持って行く

あとは
ゆっくりと年を取っていっていろんな迷いを経験し
仏教に照らし合わせて考えていけば
磨きがかかると思う
やはり、仏教は正しかったということを。

若い僧侶にとって
よそのお寺に行って説教をするということは
ものすごく貴重な体験であり
その高座に登るまでは努力し苦しまなければならない

その甲斐あってか
終わって家に帰った時に飲むビールは
とても美味しい



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