仏教の話日記

「学び、知る」ってどういうことなのだろう、何を「学び知る」のか、またなぜ「学び知る」ことが大事なのか

円相寺 花

 

知識はGoogle先生が一番知っている

学力もそろそろAIに抜かれるかもしれない

(東大試験に合格をめざすAI開発ゼミがあるらしい)

では、人は何を「学び、知る」のだろうか

 

経験しないとわからないものがある

 

たとえば、

突然、体に何の前触れもなかったのに

癌だと診断された時、世界はどのように見えるのか

 

突然、家族が交通事故にあって

無言の帰宅になったら、

物事の認識がどのように変わるのか

 

子どもが突然不登校になったりしたら

この先、子どもをどのように見て行くのか

 

つまり、

「学び」や「知る」ということは

自分が変わるということ

それが成長するということ

 

普通は変わらない、変わろうとしない

なぜなら、怖いから

自分が変わったら自分ではなくなるから

いつもと変わらない方が楽と思っている

 

知識はテレビを見ているだけでも楽に手に入る

テレビやスマホを長く見る生活をすると、

テレビやスマホの画面越しで見るように他人を見るようになるため

自分とは「関係のないこと」という見方になる

 

どれだけ自分のこととして物事を考えるか

それが、世界を変えることに繋がる

 

かく言う私も何も変わりたくない、面倒だ

けど、変わっていくことは分かっている

わかっているが、その理解の仕方がまだまだ不十分

それは「自我」が強いため

 

本当に大切なコトは

自分が嫌だなあと感じる経験をした後、そこでわかる「気づき」

これが本当の「学び」「知る」ということになる

そうなると「自我」も少しは抑えられ、人の痛みも自ずとわかる

 

ちなみに

釈迦が言った「無常」「無我」「縁起」のちに竜樹が言った「空」というのは、つまりそういうこと、

そういう理解ができないならば「慈悲」という相手への思いやり「布施」も表れてこない



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