ドラクエ関連仏教の話日記

型は大事、しかし囚われすぎると本質を見失う~ドラクエ10の僧侶クエストを見て思うこと~


 

型は大事である、非常に大事、

中身は器に宿り、器は型で作られる

 

しかし時に、型にこだわっていたら本質を見失うことになりかねない

“正しさ”に寄りかかると気持ちが楽なのかもしれないが

今何をすべきなのか大切なことを忘れてしまう

 

仏教というのはyesnoかという二極を否定しがちな思想

物事はグラデーションで流れながら一瞬一瞬変化するというスタンス

釈迦自身、自分が言ったことは月(目的)の方角を「指」(手段)で表しただけ

「指」にこだわるなと言っている

 

ドラクエ10には

「信仰とは何か」を伝えるエピソードがある

 

ある村で呪い病が流行った

その呪い病を治すには300年前に絶滅した材木を焚き煙を出さなければならない

たった一つのご本尊はその300年前に絶滅した木で彫ってある

 

当然、村の僧侶たちは信仰の対象を亡きものにするのは言語道断という姿勢

 

主人公はご本尊の本体のお告げにより、

ご本尊を火に焚くことにする、そして村人を救う

その時、ご本尊の本体から優しい光が人々を照らし、

憤怒だったの僧侶たちは大切なことに気づく

 

村の僧侶「私らは型ばかりの信仰だったようじゃ、

それをあなたは私らに本当の救いとは何かを教えてくれたような気がする」

もちろん「型」は大事

しかし、それに酔いしれて周りに共感されなくなったら、それはカルト宗教の道をたどるだろう

 

 



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