仏教の話

浄土宗のお経のプログラムは、なぜこうなっているのかを解説します、第三弾


 

超すげえ人とセッションした時、

自分を見透かされたような気がして、

ただただ相手の話をありがたく聞いてしまう

 

ってことありますよね

 

実は

お経ってそういうプログラムになっているんですよ

なんでお経を唱えるかというと

仏様とセッションするためなんです

 

前回を振り返りましょう

仏教を歩むということは仏法僧を敬うということ

組織でも部活でも最初の作法みたいなものってありますよね

仏法僧の三宝を敬いますっていうのはそういう作法なんです

 

そして、仏様をお迎えするためにお香を焚き上げる

いい香りはいい人を連れて来ますからね

 

仏様をお迎えしたら、空間がちょっと変わってくる

気持ちが入ってくる証拠です

ホテルでいうと「チェックイン」

そうすると、こんな尊い人と対面すると

自分が小さく感じてきます

 

学校へ行ってホームルームの時、先生の顔を見てそうなる

昨日、宿題をしなかったことを後悔したり

やってきてもテキトーだったことを感じる

後ろめたい気持ちになってくる

 

しかし、ちゃんと正直に包み隠さずにいうと

仏さまは先生と違って許してくださる

そこが安心になるのです

 

懺悔がいかに大切かというと

大きな罪というのは誰でも隠すことができないため自覚はあるが

小さな罪というのはつい「まっいいかぁ」になり

それが“ゴネ得”や“逃げ得”になり、

習慣になると罪の意識すら感じなくなるからです

 

罪の語源は「包み隠す」

だからこそ、

道徳的罪、社会的罪だけでとどまらず、

それから一歩進んだ罪の意識というのは、

人と人との和合に必要なものです

 

また、人の力で罪を消すことは決してできません

必ず、人の記憶にいつまでも残るからです

それを消すことができるのは人知を超えた存在だけです

 

浄土宗ではここで

罪を消していただくように念仏を唱えます(十念の作法はこちら)

これが仏の力なのです

 

〜〜〜〜〜〜〜

今日の解説は『懺悔偈』でした

 

我所造諸悪業 (がしゃくしょぞうしょあくごう)

皆由無始貪瞋痴(かいゆうむしとんじんち)

従身語意之所生(じゅうしんごいししょしょう)

一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)

 

〜意味〜

「私は昔から数え知れない罪をおかしてきましたが

それは限りなく遠い過去からの むさぼり・いかり・おろかさによるものであります

それらは私の身体・言葉・意識によって生じたものであります

今 その一切を反省し 懺悔いたします」

 


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