四修の中の恭敬修(くぎょうじゅ)について
「敬う」という行為は自分にとって何をもたらすのかを考えた時
以下のことが挙げられる
それは
人間をどのように見るかという人間観を養い、
自分の小ささを自覚する行為
ということです
本当に救いの大きさに気づいたのであれば、
恐れ多くて横着な態度は取れない
阿弥陀仏に対する敬いの心は目に見えないが、心遣い(形)は目に見えます
信仰心はわからないけど、信仰心は念仏を唱えるという形で見えます
本当に敬う姿勢が整っているのであれば体が動く
背筋がピンとなる、掃除をする、それ以上に清める
手間暇かけるということが敬意を表すことになります
仏様のみならず人に対してもそう
私の実感ですが、昭和まではお年寄りが尊敬された時代だった
威厳があり、慈愛に満ちたお年寄りが多かった
そのため何となく悪事や小賢しいことをしようなんて思いは出なかった
人間は、理屈を一つ覚えると「自分はひとつ上のレベルに行った」と勘違いする性質がある。その「わかったつもり」という慢心の病をどう抑えるのか、
四修を行う意義はそこにある、頭がいい人ほどこの姿勢が大事
ホリエモンが寿司屋を開くのに十年も修行するのはバカだと言っている
ホリエモンにとって、美味しい寿司を握るためのコツは、ただの情報ということです。
飯の炊き方、酢の配合、魚の捌き方はすべて数値化できるから、「技を盗む」ために数年かけるのは時間のムダ。情報を手に入れ、数ヶ月集中して練習すれば、技術的にはトップレベルに追いつけると考えています。
こういう考えでいると、おそらく生きるって何だろう
何のために生まれてきたのか、という病にきっと蝕まれるでしょう
ものを提供するというのは捧げるという人に対する敬いから生まれる
日本一の寿司職人の小野次郎さんは
卵焼きを完璧に焼く十年かかると言います、卵焼きを完璧に焼けないのにお客さんの好みに合わせることはできない、
賢い人は『なぜこんなことをするのか』と理屈を言う。
だが、理屈でしか納得できるないのは、結局、自分中心、自分が主役と思っているからです。一見して、意味のないと思われる作業を10年繰り返すことで、ようやく『自分が賢い』というちっぽけなプライドが粉砕される。その粉砕された先にしか、本当の『敬(うやま)い』は宿らない。
ホリエモンと日本一の寿司職人とは人間観が違いすぎたということです
ホリエモンのいう寿司職人では
美味しい寿司は作れるかもしれないけど、
人を救う(感動できる)ような寿司は作れない
人手不足だから、少子化だからと外国人を入れる政府
安い賃金で働いてくれる外国人が途上国から日本に来ています
5年ぐらいで働いてもらって帰ってもらったり、それならまだしも
家族を連れてきて、日本に永住するようになって治安が悪くなっている現状です
それも数字によって経済成長を維持しているようですが、
数字や理屈で日本の豊かさを維持していても、
それで本当に幸せなのかという本質の問題は何もありません
いつもそう言った問題は、人をただの労働力としか見ていないところにある
これじゃあ、欧米の白人の支配者が500年やってきた奴隷制度と一緒です。
女性も家庭から出てみんな働いてください、社会保険の壁を撤廃しして、みんな払ってください、労働力になってくださいという流れは今日の日本のエリートの人間観が伺えます
人間のことがわかっていないから少子化になるのは当然でしょう。
人間は愚かで弱い存在ですが、それでも希望を持って自由を選びとって主体的に行動をしていくこと、それが生まれてきてよかったと思うことになります
生まれてきてよかったと感じないから少子化になるんです。
その敬意を伴う行動には
文化、伝統、思想、余白(無駄)がしっかりあって、そこから辛抱強い忍耐から形が生まれるからです。
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