仏教を学ぶことで「何が」わかるのか?
「(自分が)仏教を学ぶ」のではなく
「仏教で(自己を)学ぶ」
藤田一照さんのことば
なるほど、たしかに
仏教のみならず
知識と教養は自分をひけらかすものではなく
自分をどう知るかによると思う
何かを取得した時
自分が少し違ったものに感じ
それが武器のように見えてしまい
自慢気にそれを振り回しす
“勉強したて”の頃は特にそう
これが唯一絶対に正しいという錯覚を得る
いろんな人に出会い
いろんな枠組みを知ったり
いろんな価値観に触れると
「和(みんな仲良く)」ということが
いかに難しいか、がわかってくる
そして
ようするに原因は「自分だ」と気づくと
一気に世界が広がる感覚を得る
まさにこの本のタイトル通り
「青虫は一度溶けて蝶になる」
というように






