仏教の話

掃除は“何を”掃除しているのか


 

掃除のほとんどの時間は

物を動かして、

物を元に戻す時間です

 

掃除が面倒だなぁと思うのは

この物を動かすという動作が

面倒なのです

 

う~ん、なぜでしょうか

不思議と掃除をする人は

そのことがわかっているので

あまり物を床に置いたりしないのですが

 

掃除をしたがらない人に限って

部屋が“マルシェ”のようになっていて

決まって、家族の誰かに掃除を頼むのです

 

それともう一つの時間食いは

窓掃除です

・ガラス両面

・サッシ

・レール

 

特に外側はとても汚れています

しかし、窓を制すと

ほとんど

掃除はクライマックスを迎えます

 

薄汚れていた窓ガラスが

透き通った清水のようになった時の

達成感とスッキリ感は

やった人しか味わえないものです

 

今年は

高圧洗浄機をレンタルし

削り取るように汚れを

落としていきました

 

木製の玄関扉は

汚れはとれたものの

やっぱり少し削れていて

傷んだ状態になりました

あまり力に頼って

強引に汚れを取るのは

よくないようです

 

外側の窓も

消防士の気分で放水し

汚れは取れましたが

ガラスは水気を綺麗に取らないと

良い仕上がりになりません

(窓掃除の必須アイテム、ゴムの劣化に注意)

 

そこで気づいたのが

結局、

掃除は“素手”には勝てないのです

面倒でも素手を使わないと

きれいになりません、

 

不思議なことに

素手で掃除をしていると

跪くので

対象と近くなり

見えなかったものが

見えるようになるのです

 

棒がついた道具を使っていても

肝心な汚れが取れなかったりします

 

膝をついて素手を使う

 

「拝む」という言葉は

“折れ屈む”が語源になっているようです

折れ屈まないと見えてこないんですね

 

不思議なことに

あれだけ面倒だなぁと思っていた心が

掃除をするとなくなっています

 

実は

掃除というのは

“面倒だなあという心”を

掃除してるんですね

 

お釈迦様のお弟子さんで

天才バカボンのレレレの

おじさんのモデルになった方がいます

 

その方は

学問は全くダメでしたが

お釈迦様から

「ひたすら掃除をしなさい」と言われ

ひたすら掃除をしていて

完全な悟りを開いたのです

 

何に気づかれたかというと

「掃除をしないといけないのは

自分の心だ」

ということです

 

面倒だと思う心の垢を取り除くのが

本当の掃除です



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