スポーツの秋
各地で運動会がやってくる
運動会といえば
場所取りのマナー問題
以前は
夜中、学校に侵入して「セコム」が鳴ったり
本部席のすぐ後ろに家庭用のテントを立てるところが現れ
学校側もびっくり、
運動会に対するその親の情熱も有難いが
結局、そのマナーが問題視され、
小学校のように生徒数が多いところは
家庭用のテントは禁止になったりしている
ほとんどの方は真面目
しかし、いつも問題になっているのは
その数パーセントのマナー違反
つまり、マナー違反は
「おれがわたしが自分が」の「が(我)」を
中心とした生き方に気づいていないということ
“気づいていない”というのがポイント
昔から伝わる言葉で
>おれがおれがのがを捨てて
おかげおかげのげで暮らせ
私は念仏を唱えることで
このおかげの心が出てくると思っている
つまり、
念仏を唱えるという意識を持つ生活は
自分を省みる生活と言える
南無阿弥陀仏の南無とは
「助け給え」
助けてくださいという姿勢は常に低姿勢になる
天狗になったり、横柄になったりすると
この「助け給え」の姿勢がなくなる
だから、
念仏を勧めた法然上人は
「くれぐれも、高慢の心を謹みなさい」と言っていた
阿弥陀仏という超越者は
人と人を区別するような煩悩は一切なく
人はみんな一緒、総理大臣もホームレスも死刑囚も
最初から良い悪いが決まっているわけではなく、
縁によって振り回される“煩悩が人間という服を着た存在”
という見方
その阿弥陀仏の御心を1億分の1ぐらい理解し
またそれを“理解しよう”としたら
以下のような気持ちも少しは起こってくる
「自分というのは
なんとまあ、狭い世界で人と自分を比べて
あーだこーだ悪口言っていたのだろうか、
時代や場所や条件が変われば、
比較要素もコロコロ変わる
基準なんて、あってないようなもの、
阿弥陀様から見たら、
あいつも自分も一緒なんだよねぇ」
と自分を振り返ることになる
念仏を唱えるということはこれを思い出してくれる
ということ
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